Yinyang AMBASSADORS

KAYOKO YOSHIDA 吉田 香代子
OMYOGA代表
ヨガ指導者.瞑想指導者,哲学者,
OMYOGAテキスト監修及び認定講師指導
セラピカルヨガ.無の瞑想.有の瞑想考案者
YA指導資格:RYT200.500
YA認定指導講師資格:E-RYT200.500.RPYT85,YACEP
一児の母(シュタイナー学校に行ってます)



私は3年ほど前からお茶の稽古に通っています。

通い始めたきっかけは、ヨガ仲間の紹介です。
始めは体験だけ。のつもりだったのに、それからずっと続いていて、お許状までいただくことになりました。

続けようと思っても続けられないものがある中で、こうやって続けていけるというのは理由あってのことだと思います。

この理由の中には、ヨーガをしている人に共通のことがあるような気がします。興味ある方は是非読んでください。


1、子育てに最適
お稽古は娘と一緒にいっています。
お稽古の中では、このようなことを覚えていきます。

お作法や24節気にあわせたお花やお軸、お茶碗の柄、ふすまの開け方、お盆の持ち方、お茶碗の洗い方、お花の飾り方などなど・・・
今はまだしていませんが、段をあがるごとに学ぶことが増えていきます。
そして、懐石の作り方、浴衣の着付け、着物の着付けなども学べます。

他にもありますが、これらを一緒に学べるということが魅力的だし、ありがたい。
しかもダメなところをきちんと言ってくれることがありがたーーーい!

私が言ったら娘は絶対怒るよね、って思います笑

2、自分のペース、意外と安め
お稽古の頻度は自分ペースです。私と娘は月に1回ペース。
そして1回につき、私は3000円、娘は2000円です。
これでたっぷり2時間の稽古。お茶代やお菓子代まで含まれています。
そう思うと安すぎー!

ただし、お許状をもらいはじめたり、年末年始のお歳暮などで少々出費があるのです。これは習い始めてからわかりました。

 



3、完璧ではない完成
お稽古の中では、さまざまなところで完璧ではない状態が好まれています。
例えば飾られるお花。豪華ではなく、庭に咲いている季節の草花をとってきて、飾ります。
言葉を変えると少々質素ともいえそうだけど、それらを大切に切り取ってきて、三方と言われるお盆にのせます。
そこから、好きな花瓶に花をそえていきます。中には途中で枯れていくものもあるけれど、それもまた美しいというのです。
こうやって植物と接していると、庭にある雑草にも命があることとか、周りと調和して生きていることとか、ただそこにある美しさとか繊細なことに気付かされます。
完璧であることが美しいのではなく、あるものを丁寧に扱って生まれてくる心によって全てが完璧になっていく。そんなふうに今は感じています。

このような完璧ではないものというのが茶道にはいくつも存在しています。
それらのそのものというより、その過程に面白さを感じるのです。
これが茶の道なのだね。って。
そうその道が面白いんです。


4、ヨーガに続く道
茶道は仏教の特に禅宗派にゆかりあります。
茶の道が大成される前には、瞑想の眠気覚ましとして抹茶を一服するということもあったそうです。
仏教はヴェーダから派生したインドの宗教が元なので、茶道をしていると、その教えの中に同じくヴェーダから派生したヨーガに共通すると思うことが多々あると感じます。
何が?と言われると難しいところもあるのだけど、その言葉にするのが難しい世界観そのものがヨーガと共通するところだと思います。


他にも色々あるけれど、私はこのような魅力を感じて、茶道を続けています。
そしてこのお稽古の時にも、もちろんインヤンのウエアをよく着ていきます。
長時間の正座スタイル、お茶を入れる時の動きやすさ、和の空間にもとけこむスタイル、自然と調和する素材や色
全てにおいて調和されていると感じています。


このブログを読んでお茶の道に興味が出た方は、まずは体験から^^私のようにずるずる続くことになるかもしれません。

着用ウェア