Yinyang AMBASSADORS

KAYOKO YOSHIDA 吉田 香代子
OMYOGA代表
ヨガ指導者.瞑想指導者,哲学者,
OMYOGAテキスト監修及び認定講師指導
セラピカルヨガ.無の瞑想.有の瞑想考案者
YA指導資格:RYT200.500
YA認定指導講師資格:E-RYT200.500.RPYT85,YACEP
一児の母(シュタイナー学校に行ってます)

前回お届けしたスカ・アーサナのコラムから日が経ちましたね。
私は娘の小学校入学にあわせ引っ越しをしました。

*新作ウエアを娘と一緒に。 河原にて

娘は今シュタイナー小学校に行っています。ブロッククレヨンを使って絵を描きながら漢字を覚えてるのですが、その時にはその絵の中心になるところから描き始め外に広げるようにすすめていくようです。それも先の尖ったところを使うのではなく、広い面積を使って。そうすることで始まりの空間を作ることも学んでいるようです。

その考えは人間界そのものだと思いました。
中心と聞くと1箇所を想像してしまうけど、人間界においての中心は実はとても広い範囲で構成されてるからです。

なので、ヨーガ哲学についても同様のことがいえると思いました。
哲学は、人生において自分の中心となるようなものだと思うのです。
それは多様なものでできている。その多様なものが自分の人生にしっくりこない時は、探し直して見つけるものだと思います。
ヨーガ哲学といえば、ギーターやスートラから学び、実践している人も多いと思います。
その中から中心を見つけられたかどうかチェックする簡単な方法があります。
それは、ヨーガ哲学から得た考えや実践の中で矛盾があるかないかで判断できます。
矛盾という言葉でピンとくるかどうかはわかりません。もしかすると”苦しい”とか”嘘をついてると思うところがある”とか”そうみせている”という言葉でピンとくるかもしれません。
これらは、中心ではない”方法や考え”が混ざり込んでるからだと思います。
自分の中心にあっていないものがはいってると、とても疲れます。ヨーガ哲学の実践でそうなっては本末転倒なんですが、恐らくみーんなが通っていく道ではないのかな。と思います。
そんな気持ちになるからこそ、自分を見つめ自分にあったものを探して見つけ、中心となる哲学が完成していくのだと思います。

話は戻りますが、娘の描く絵の中に女の子がありました。
その絵を描く時の中心は胴体で、その空間をかくところからスタートするそうです。
スカ・アーサナの時はまさしく胴体が中心となるような感じです。
下腹部に力をいれ、とよく耳にしますが、私のアーサナ理論では骨盤と肋骨の間の腹部、腰部全体の筋肉と感じます。そこが中心となって、みぞおちより下部のプラーナやチャクラに新鮮なエネルギーを、全身にひろがるナーディーを感じる気がします。
下腹部から力をいれ必要以上の力がはいると、横隔膜の可動域が狭くなり肩甲骨は挙上してのどが締まっていく感じです。体の声を聞くと、「呼吸しづらいな。」という感じです。
ヨーガ哲学の実践と非常ににてます。
文字に書いた通りにしてるのだけど、実践するとなんだかな?という感じ。そのなんだかな?に気づくことではじめて、他のやり方を探すのかもしれません。

なんにしても人間界のことだから全て共通のことになると思いますが、中心を見つけるためには、試してガッテン。てところでしょうか!ちゃうか?

 

*ブログ「蓼藍栽培とナチュラルライフ」でお馴染みのそのこさんとスカ・アーサナ

*そのこさんとこのたろくんと娘のたえな

たえなが着てるのはインヤンの「トムボーイハーフパンツ」をバストの上まであげてはいてみたよ^^

 

*動いても遊んでもずれない新作パンツ。フィット感もよかったよ^^