アーユルヴェーダのルーツ 〜 大西枝美さん

YinYang アンバサダー
大西枝美
Emi Onishi
米国ヴェーダ研究協会認定ヨガ & アーユルヴェーダ・ウェルネス・コンサルタント
インド政府公認ヨガインストラクター
OJAS – Yoga & Ayurveda 主宰

アーユルヴェーダはインドの歴史に密着した伝統医学であり、そのルーツは世界最古の4大聖典の1つ「リグ・ヴェーダ」に記されているパキスタン東部の大河、
「サラスヴァティ」周辺に栄えたインダス文明(BC3500〜1900)にまで遡ります。
サマ・ヴェーダには癒しの音について、ヤジュル・ヴェーダには聖なる儀式について記されていますが、後期に編纂されたアタルヴァ・ヴェーダ(BC2000)には、薬草や癒しをもたらす石、そして魔除けについても記されており、これらの教えは、古代ギリシャや中国の医学に影響を与えたと言われています。
その後バラナシの聖者ダンヴァンターリ(BC1500)がアーユルヴェーダの完成に多大な力を与えました。
哲学体系が沢山生まれた頃(BC1000)には、アーユルヴェーダにも同じように新しい形が現れます。その時代に生まれたのが、偉大な医師チャラカとスシュルタによって編纂された医学書「チャラカ・サンヒター」と「スシュルタ・サンヒター」です。現在にいたるまで、これらはアーユルヴェーダの大変重要な書として扱われています。


(インドの聖なる川、ガンジスの全長は約2525㎞にもなる)

仏陀の時代(BC500)には、アーユルヴェーダは既に長い歴史を持つ洗練された医学として確立され、その教えはインド全土を初め、西はギリシャ、そしてインドネシアまで広がり、仏教やジャイナ教にも取り入られてゆくようになりました。その時代にアーユルヴェーダ3大教典の一つである「アシュタンガ・フリダヤ」がヴァグバッタにより編纂されました。


(アーユルヴェーダの神様「ダンヴァンターリー」は、ヴィシュヌ神の化身といわれている)

中世の時代(AC1000)には、中東の国の征服によりアーユルヴェーダの学校が沢山壊されてしまいます。その後イギリス植民地下(AC1750)の中で、
遂にアーユルヴェーダの学校が全滅します。その間、師(グル)と弟子のマンツーマンのレッスンを通してアーユルヴェーダは何とか生き延びることができたのです。

1947年イギリス植民地から独立後、アーユルヴェーダは少しずつ力を取り戻しましたが、現代のアーユルヴェーダは西洋医学と共に教育され、
インドで純粋なアーユルヴェーダを学べる学校は数少なくなってしまいます。
幸いここ30年の間に、スピリチュアルやヨガに興味を持つ西洋(インド国外)のコミュニティにアーユルヴェーダが広く紹介されるようになり、
アーユルヴェーダは本来の姿であるスピリチュアルな背景をもとにした自然療法の形を取り戻しつつあります。

この凄まじい年月を重ねて、私達のもとにおりてきたインドの叡智、
アーユルヴェーダやヨガの智慧、そしてそれらに簡単にアクセスできるようにしてくれた聖人や賢者達に畏敬の念を抱きます。
ヨガもそうですが、アーユルヴェーダは輪廻天性の考えを指示しています。過去の行いや考え、こころの発達などが現世に受け継がれていくのです。
現在あなたがアーユルヴェーダに縁があるのは、もしかするとインドで何千年も前にアーユルヴェーダに関わっていたからかもしれませんね。

ヨガの聖典「バガヴァッド・ギータ」(第2章)には輪廻天性について記されている
「アートマン(魂)には生も死もなく
 終末も生起もなく不生不滅
 永遠不変であると知れ
 肉体が死んでも
 アートマンが死ぬことはない」